2026/9/3 世界マスターズ (テグ)
- 予選 15秒18 (+0.5) (2着) [2026WMAC予選]
- 決勝 14秒82 (+1.8) (2着) [2026WMAC決勝Live][2026WMAC決勝Full][2026WMAC決勝]
メンサはやっぱり強かった。負けて悔しかった。でも、「やり切ったぞ」とも思えた。
例年より約1か月早い6月14日にシーズン前半を終わらせた後の約11週間は、
世界マスターズ決勝の9月3日に向けて、自分が最良と思う計画を立てて、適宜修正を加えながらその計画を妥協することなくすべて実行して、
試合当日も計画した通りに行動して、レース直前のルーティーンも準備してきた通りに実行して、そして無難に走り切って、それでも負けた。
0.08秒差の2位。今回はそれなりに勝負できたかな。だから、やり切ったぞ思えたのかな。
試合を迎えるまで
6回目の世界マスターズ、慣れたもので、韓国開催ということもありスムーズに旅の準備を進めることができた。 大会申込み、ホテル、飛行機などの手配は早い段階で完了、9月2日から9月4日午前中までの授業はすべて時間割変更で対応することができた。 8月31日に出発。9月3日に予選と決勝。試合後は、翌日の早朝の便で帰国して午後には授業を行う。 1日2レースになった分、試合前の余裕はたっぷりと確保できた。試合後はちょっとタイトだけど、これが私のスタイルである。
9月3日の決勝のレースに備えて、春のシーズンを6月14日の大阪マスターズをもって早々に切り上げ夏のトレーニング期間に入った。 例年は9月にあまり走れない傾向にあるため、1か月スケジュールを前倒しして、例年の10月の状態を9月頭に出現させようという目論見である。 大きなアクシデントなくトレーニングをこなすことができたが、 テストレースとして出場した8月8日の関西学連記録会と8月11日の三校定期戦では思ったような仕上がり具合を確認することができなかった。 まだ、試合まで3週間以上ある。気持ちだけが焦ることなく、今やるべきことをひとつひとつきちんとこなしていくことが大切だ。 継続的した初動負荷トレーニングに加えて、レース本番までに計画しているハードル、スプリント練習は残り5回。適切な負荷をかけて、最大限に回復させることに専念する。
8月15日 2泊3日の北海道家族旅行を終えて、三校定期戦から中3日でハードル練習と200mのテンポ走を2本。 ハイ8.8mの後、仕上げにジュニアで数本。 ハイハードルに対してももあげで「ドンッ」と入る感覚を持ってそのままジュニアに移行する。「ドーン」ではく「ドンッ」と入る。 スタートの2歩がまだもたつくが、それが今後の最重要課題。 200mは気持ちよく24秒台と思っていたが25"16と25"00。記録に一喜一憂せずやるべきことをやること。
8月19日 中3日でハードル練習と100mの加速走。ハードル走の感覚は悪くない。 いまだにスタートの感覚を模索中だが、過去にやっていたいくつかのパターンをそのままコピーしてもだめだと分かっている。 今の身体の感覚に合わせた今の「型」を作らねばならない。セットでなるべく重心を前に送る、前脚のブロックを押すことで腰を前にセットする、1歩目接地時に2歩目が遅れないように。 もう少しで完成しそう。今日の100mも11"40にとどまった。7月28日に11"35で走ってからこのレンジのタイムで停滞しているが、今初めて11"40に達したという11"40と、 3週間前に11"35に達してプラトーを経からの11"40とは意味が違うのだと自分を納得させている。
8月23日 県ユース大会を挟んで前回からは中3日。2足詰めのでのジュニアハードルのインターバルランは完璧。課題のスタートもよくなりつつある。 「セット」で骨盤、特に右(後ろ)脚側の骨盤に意識を全集中して、後ろ脚からスタート、骨盤のみを運ぶ。 そのままの角度でハードルにアタックして丹田からハードルに覆いかぶさる。ジュニアハードル特有の技術。 その後のランメニューはどうしようか最後まで迷った結果、ハードル練習で刺激が十分に入ったことを鑑み、 全力は出し切らないテンポ走で気持ちよく走り切ることに。 200m24秒69、100m11秒64。共に力感なくスピードが出せた。OK。
8月26日 国内での練習はあと2回。ハードルアプローチは1台を1本、2台を3本。本数を限定して実施した。 1本1本をより大切に、感覚をより研ぎ澄まして。前回より格段に良い。身体は軽い。 「セット」で前足全体でブロックを抑えることでお尻を上げて、重心を前に送る。骨盤を運ぶ。骨盤と上体の一体化。 その後100mを2本、11"30。11"2台を出したかったが、誤差の範囲。立ち上がりの局面でしっかり身体が動いてきた。 今日もよい練習ができた。今後は身体をしっかり休めることが大切。30日が国内最終練習。手ごたえが欲しい。
8月30日 国内最終練習。今の「型」を最終確認。
- スタートラインの前に立って、左脚シングルスクワット3回、右脚引き付け3回
- できるだけ重心を前に保ったままブロックに足をセット
- このタイミングで腰椎を立てて、もう一度重心を前に送る
- 両腕と前脚の3点で支持
- 「set」
- 左脚付け根にテンションを感じる 骨盤に全集中
- 骨盤がパチンコ玉のようにはじかれる 骨盤のみを運ぶ その軌道の延長線上でハードリング
- 腰をしっかりと入れたうえで、上体をかぶせる ※肩から入らない
- 前方向腿上げで入って「ドンッ」と跳ぶ ※「ドーン」ではい
生成AI
大会までの準備期間中、これまでと最も変わった点は「生成AI」の登場だった。 私は生成AIを普段それほど使っていないが、それでも最近は少しずつそれを使い始めた。 大会に向けて準備する中で不安なことや気になることが頭にわいてきて、それをAIに尋ねてみると、驚くほど気の利いた言葉で、前向きで、大げさに答えてくれた。 世界マスターズに参加する旨を伝えたうえで大邱での観光プランを訪ねたら「大邱薬令市韓医薬博物館」での韓方足湯体験を勧めてくれた。 私が考えていた選択肢にはなかった訪問先で、これはいいなと思って観光ルートに入れることにした。 夏の暑さでなかなか疲れが取れないと感じていて、少し気になっていた「酸素カプセル」はどうかとAIに尋ねてみると、「それは完璧な疲労回復方法です!」と私をその気にさせるうまい言葉で答えてきた。 生成AIに勧められるまま、酸素カプセルとマッサージが受けられる店に行ってみた。確かにとても身体がすっきりした。 自分で確かめてみて、これはいいかもと思ったので、その後2回酸素カプセルに入った。最初は1.2気圧、2回目は1.3気圧、3回目は1.4気圧まで上げることができ、とっても疲労回復した気持ちになった。 競技についていろいろ聞いてみると、パワータイプで前半型のMensah ELLIOTT選手に対して、後半追い上げるレース展開を想定してきた。 私のサイトからの引用か? なかなかやるなと思ったけど、AIは嘘もつく。 別の質問に対して「2026年大邱大会は14秒88で福田選手が優勝しています。」との答えが返ってきた。 いやに信憑性のあるその予想タイムはなんだ。でも確実にこれは嘘だ。まだレースは始まってもいない。 AIの提案は決して鵜呑みにしてはいけない。選択肢のひとつにするのは良い。決断するのは現時点では確実に人間だ。
大邱へ
8月31日の19:30発の便で大邱へと向かう。午前中は初動負荷トレーニング、その後マッサージと酸素カプセル。
AI流に言うと「世界マスターズ大邱大会に向けて、完全に疲労が抜ける完璧な最終調整」を終えて、神戸関空ベイシャトルに乗って関西国際空港へ。
これまで長らくお世話になっていた関空利用者に対する駐車場の無料サービスが終了してしまったのが残念だけど、
それでも駐車料金は4泊5日で2000円とのことだったので、今回もこの経路を選択した。
大阪湾を直線で横切る最短ルートで関空まで行けるから私はベイシャトルが好きだ。
念には念を入れて、私は早めに予約をしているが、いつもそれほど混んでいない。
海が荒れると船酔い注意なのだが、幸いこれまでの乗船時、瀬戸内海はとても穏やかだった。
って、前回大会の時にも同じようなことが書いてある。今読み返して気が付いた。
私が乗る飛行機は韓国のLCC、ティーウェイ航空(2026年9月からはトリニティ航空になるらしい)の便だ。
ホルムズ海峡封鎖などの影響による原油高の影響もあり多少チケット代が高くなっていたのかもしれないが、
これまでのヨーロッパ便に比べると格段に安いので、ゆったり座れる非常口横の席をプラス2000円程度で購入した。
預け荷物の重量がデフォルトで15kgだったので、こちらもプラス5kgを事前購入した。
私の預け荷物は、出発当日家の体重計で計測すると19.9kgだった。帰国時はホテルで適当に詰めたスーツケースを荷物預けカウンターに乗せるとぴったり20.0kgだった。
完璧なパッキングである。しかし、座席は完璧ではなかった。
まず、非常口横の座席はwebチェックインができなかった。
仕方なしにカウンターでチェックインしようとすると、韓国語か英語が問題なく話せることがこの席に座るための条件であった。
購入時の注意書きに書かれていたそうだ。たったの1時間半、乗り継ぎなしで行ける韓国だから油断していた。
追加料金は返金されることなく、たまたま空いていた前から3番目の通路側の席を選択した。
本当は窓側が好きだが、長身の私は通路側一択。通路側、しかも前方の席が確保できてよかった。
定刻より30分遅れての出発となったが、今回は乗り継ぎがないのでノープロブレムだ。
気楽に機内に入ると「福田先生」と声をかけられた。 斜め後ろの座席に座っていたのは高校、大学の後輩にあたる衛藤(中野)瞳選手。いわずと知れた6m44の日本高校記録保持者である。 彼女はW35の走幅跳に出場する。私は彼女が出場することを事前に知っていて、 競技日程を調べると9月2日の午前中に行われるとのことだったので、彼女の試合を観戦しようと思っていた。 宿泊するホテルまで一緒だったので、空港到着後はホテルまでタクシーで一緒に行った。 初参戦の世界マスターズ、衛藤選手はM35走幅跳で金メダルに輝いた。
試合まで
過去の大会の経験から、9月2日予選、9月3日決勝になると思っていたけど、ふたを開けると9月3日に予選(正確には準決勝)と決勝の2レースが行われることになったので、到着から2日間の余裕がある。
メイン会場は2011年に世界陸上が開催された立派なスタジアムだ。
とても大きな競技場で、競技場の正面には大きなウサインボルト選手の看板が飾られていた。
あの頃はボルトの時代だったよなと思い出しつつ、一応正確な情報を調べておこうと検索してみると、100m決勝でフライング失格になったのが2011年大邱世界陸上だった。
100mで活躍した大会じゃなかったんだ。ちなみに200mでは優勝、4×100mRでは世界新記録で優勝している。
さて、競技場到着後はアップ場所の確認。スタンド中段に3レーン約400mの走路、地下に直線約60mの走路があった。
ハードルは地下に置いてあったので、予選の前の朝のアップは途中までスタンド中段の走路で、途中から地下へ向かおうと決めた。
大邱のタータンはヨーロッパで主流のイタリア・モンド社製のタータン。しかも最新型だ。
モンド社製のタータンと言えば「スーパーX」で、国内では鳥取の布勢のタータンが「スーパーX」である。
2004年(もう20年以上前になる)に初めて布勢で走った時「なんだこれは!」と驚いた記憶がある。私がこの昔の「スーパーX」が大好きだ。
ただ、最新型は昔のそれとはちょっと感じが違う。表面にチップが施されていてなんとなく柔らかい。
ヨーテボリのタータンと似たような感じだったので、やっぱりAIに尋ねてみた。
モンド社のトラックは「記録製造機」や「魔法の絨毯」とも呼ばれ、抜群の反発力とエネルギー返還効率を誇ります。 大邱スタジアムに採用されているモンドトラックが高速記録を生み出す秘密は、 衝撃吸収と強力な復元力を両立するハニカム構造の内部バネと、エネルギーロスを防ぐ非対称立体構造にあります。 従来のモンドトラックは「硬くて跳ねるが、足への負担(キックバック)が大きすぎる」と言われることがありましたが、最新モデルは技術の進化によってその弱点が克服されています。柔らかさと高速性の両立には…(以下省略)AIは絶賛しているが、私はどうも納得できないので、さらに昔のタータンとの違いも尋ねてみた。
昔のモンド: 表面も全体も硬く、コンクリートの上を走るように「ガツン」と弾く感覚
最新のモンド: 接地した瞬間は「優しく受け止め(マイルドな柔らかさ)」、そこからカーボンプレートやスパイクのピンが沈み込みすぎない絶妙な硬さで「一瞬で弾き返す」
まとめると、最新型は、身体に優しい高速タータンだということだ。ただ昔のタータンとは操り方が違うようだ。
一般的に日本の高速トラックは非常に硬く、まさにコンクリートの上を走るようにガツンと弾くように走る。私はそのタータンに順応してきたのだろう。
一方でタータン同様、スパイクも劇的に進化していて、
数年前からはナイキやアディダスの厚底スパイクが主流になっている。
今までほとんど見なかったニューバランスやプーマのスパイクもしばしば見かける。
近年は、アシックスやミズノの国産厚底も、国内ではよく目にするようになってきた。
私自身、数年前からは長年愛用してきた伝説の名作ミズノの「クロノインクス」を卒業して、アディダスの「アディゼロプライムsp4」を使用している。
タータンやスパイクは劇的に進化しているが、特にスパイクに関して、その高反発厚底のメリットを私は使いこなせていない。
足が空回りして、「グニャ」としっかり地面を押せていない。
もうちょっと研究して改善できそうな気がしている。
さて、この日私が注目していた種目はW45の棒高跳び。大学のひとつ後輩である田井(川上)小百合選手が出場していた。
もともとハードラーであった彼女は数年前から棒高跳に取り組みこの大会に出場している。
スタンドから一言声をかけた後観戦、彼女も見事金メダルを獲得した。
試合後に話はできなかったけど、久しぶりに彼女の活躍を見ることができたことは良かった。
その後ホテルに戻ってすこし休んでから、計画通り大邱83タワー、西門市場等をふらふらと散策した。
当初予選があると思っていた9月2日。この日も自分のレースはない。
地下の雨天練習場で本当に軽くだけ身体を動かした。身体は軽いぞ。
それだけ確認して、後は前述のW35走幅跳やM50の100mHなどを観戦した。
午後からはお土産探しなど。
地下鉄でサムスンライオンズのユニフォームを着ている人がたくさんいたので調べてみると、メイン会場のすぐ近くにライオンズの本拠地があった。
西武ライオンズのファンである息子用のお土産を大邱のライオンズショップで見つけることができた。
その後AIおすすめの漢方足湯体験に行った。20分ボーっとしながらの漢方足湯はとっても気持ちよかった。
今読んでいる「世界のエリートがやっている最高の休息法」という本によると、「脳を休める」ことが非常に重要らしい。
脳のすべての疲れやストレスは過去や未来から生まれる。すでに終わったことを気にやんでいたり、これから起こることを不安に思ったり、とにかく心がいまここにない確かにそうだと思う。この本に書かれていることを少しずつ実践している。心(頭)を無にすることは結構難しい。 漢方足湯につかりながら、脳と身体を休めた。
いざ、世界マスターズの舞台へ
事前に分かっている欠場選手を除いた上で、レースの前日に番組編成される。
3組予定されていた準決勝は、欠場者数の関係に2組になった。
私は2組の4レーン。最大のライバルであるイギリスのMensah ELLIOTT選手は同じ2組の3レーン。私の隣だ。
さらに、申込タイムが3番目で、前回大会で銅メダルを獲得したオーストラリアのRyan DOWLING選手が2組2レーン。
欠場者の関係で申込タイム4番目となったアメリカのRyan OWEN選手が2組1レーン。
つまり、エントリータイムで上位1位から4位までが2組の1レーンから4レーンに並んだ。
あり得ない。楽に予選は通過できるはずだから、気にする必要はないのだが、
予選からメンサの隣になるとは思っていなかった。
チームマネージャーを通して確認してもらうと、予選は申込タイムでレーンシードされるが、
予選がキャンセルされた準決勝は完全ランダムで番組編成されるとのことであった。
確かに、ハンドブックにも「予選」は申込タイムでレーンシードすると書いてある。
Seeding for Heatsおかしな話だなと思った。
Sprint and middle-distance events (80m-1,500m) will be seeded into heats based on entry performances.
9:00からの予選に備えて、6時にホテルを出発、地下鉄の時刻表を検索できなかったので、AIに聞いてみて6:13の地下鉄に乗るつもりにしていた。
ところが6:13発の電車なんてなかった。結局数分遅れの電車に乗ったが、スタジアムまでのシャトルバスには十分間に合った。やっぱりAIは嘘をつく。
到着後、この日は朝早かったため、前日、前々日通った経路はまだ開門されていなかったので、別経路でスタジアム内へ。
偶然100mのスタート地点のところを通りかかり、朝はトラックで練習できることが分かった。
「競技終了後」のみ使えると思っていたが、「競技開始前」でも使えた。
ほんの少し雨が降っていたので、予定通り中段通路脇でストレッチのみを行って、その後は予定変更、メインスタジアムのトラックに降りてアップを続けた。
その後地下へ。最低限の本数に限定してハードル練習。そしてすぐ横のコールルームを経て予選のレース。
大邱のハードルは日本のハードルに比べてぶつけた時の衝撃が大きそうだったので、1台目へのアタックも控えめにして、
メンサに先行されたが、後半も欲張らず軽めに走って15秒18。やっぱりタータンは柔らかく、私にはとても「高速トラック」と感じられなかった。
予選だから通過できればそれでよい。
決勝までの過ごし方も計画通りだ。日中に強い眠気を感じることが多いので集中する方法をAIに尋ねたところ「大粒ラムネ」を勧められたから、勧められるがまま「大粒ラムネ」を数粒食べた。
いつも通りのアミノバイタルゼリーも摂取、適度なアイシングも行って、決勝までの時間は地下の雨天練習場で過ごした。
そこで決勝直前のアップも済ませていざ決勝のレースへ。
マスターズハードルはM45までが110mHでM50からは100mH。距離が短くなり、ハードルの高さも低くなる。
参加するクラスを決める年齢の基準日となる大会開始日にはまだ49歳だったメンサは大会期間中に50歳になり、これが彼にとって人生最後の世界マスターズでの110mHのレースとなる。
正確な表現かどうかはさておき、「The final is your final race of 110mH」みたいなことを言ってみたら、ちゃんと伝わった。
主に通勤中に英会話の勉強を続けているおかげで、今大会を通じてちょっとは話せるようになってきたなと思った。それでもリスニング力はまだまだ足りない。
決勝。「On your mark」の合図の後、計画通りのルーティーンでスタートブロックに足をかけ、号砲に合わせてスタート。1台目へのアタックもしっかりできて、順調にハードルを越えていった。
1台、1台越えていく中で僅かではあるが先頭を走るメンサとの距離が縮まっている気がした。
だから途中「いける」と思った。しかし、8、9、10台目で思うように差をつめきれず、結局今回もまた2位でのゴールとなった。
「いける」と思ったところで僅かに油断が生じたのか? そんなことは関係ないと思うが、得意としていた後半の伸びを欠いた。結局またしても2位に終わった。
やっぱりメンサは強かった。率直な感想である。
それにしても、今年の5月に大阪の服部緑地という日本のローカル競技場で14秒58で走っているのに、
満を持して臨んだ世界マスターズの決勝で14秒82である。タイムはタイム、勝負は勝負。なかなか難しい。
決勝のレースが終わってから、メダルセレモニーは13:00から始まると日本の関係者から聞いていたので、日本チームのメンバーと昼食を食べていると、メンサから電話がかかってきた。
私以外の2人はもう会場に到着しているから、私が来たらメダルセレモニーが始められると言う。
英語での電話はほぼ初めてだったが、何とかクリアすことができ、残りのハンバーガーをパックっと食べてメダルセレモニーが行われる会場へと小走りで向かった。
結局、お昼休みの関係でセレモニーは13:00からだったけど、それまでの間、会話や写真撮影を楽しんだ。
特に、マスターズハードル界のレジェンドであるJoe Appiah
[WMA]
[AW]選手と知り合えたことはちょっと嬉しかった。
私が参加した世界マスターズのスプリントハードル出場者のリストは手元にあって、
そのリストの中にJoe Appiah選手の名前が何度も出てきていて、しかも活躍していたので一方的に彼のことは知っていた。
写真に写っている感じの通り、とても気さくなおじさんだった。
帰国時の大邱空港で、ジョーとメンサにばったりと会った際にもちゃんと話ができた。
メンサとはばったりよく会うのだ。初めて会ったのは試合前のリヨンの地下鉄のホーム。試合会場はこっちであってるのかと彼から私に声をかけてきた。
タンペレの時は、試合翌日の高速鉄道の座席が私の1列後ろの席だったから、電車を降りてから空港まで一緒に歩いた。
そして、今回も空港でばったり出会った。
なお、Joe Appiah選手について、上記リンクを見つけるためにこの写真を生成AIで調べてみると、最終的にはこんな答えが返ってきた。
この写真は、2026年大邱(テグ)世界マスターズ陸上競技選手権大会(WMAC DAEGU 2026)のハードル種目で世界の頂点を極めた最高峰のアスリートたちが、熱い戦いを終えて集まった奇跡的な記念写真です。 福田氏が持っている日の丸の扇子や、エリオット氏の「GREAT BRITAIN」のシャツ、アピア氏の笑顔がその美しいスポーツマンシップの交流を物語っています。AIはうまいこと言うな。
今後のこと
今シーズンの流れの中では、この世界マスターズをもって秋のトラックシーズンが始まったばかりなので、早々に仕上げた状態を維持しつつ、国内でいくつかの大会に出場する。 ジュニアハードルでは14秒53の日本記録、今の自分にはそこまでの自信はないけど14秒26の世界記録の更新が目標となる。 ハイハードルでは今季ベストが15秒02にとどまっているので、なんとしても14秒台を出したい。 10月中旬までは今の流れを継続するが、その中でも、今大会を終えてトレーニングについていくつか新しいアイデアが湧いてきているので、その発想を大切に、変化することを恐れずに秋の大会に挑戦する。
世界のどこかの行ったことも見たことも、場合によっては聞いたこともない街に、世界中のハードル好きおじさんたちが集まって真剣勝負をする。それが面白い。
目標とする日に向けて綿密に計画を立てて身体を仕上げること、その街の地理を調べて現地での移動方法や宿泊先や観光プランを考えること、
仕事の段取りを考えること、現地までのフライトについて計画をすること、他にもいろいろなことが世界マスターズに出場することへの「挑戦」の中に組み込まれている。
その「挑戦」自体が面白い。
2年後の世界マスターズ選手権は、ペルーのリマで開催されることが決定していたのだが、この大会中に開催地が変更されると発表された。
2年後はオランダのブレダという街で開催されるそうだ。私にとって世界マスターズ「110mH」に出場できる最後の大会となる。
49歳で迎える2年後の世界マスターズブレダ大会は、「挑戦」すること自体を楽しんで、その結果としてM35、M40に続いてM45での「金メダル」を目指したい。
2回大会連続で「銀メダル」に甘んじたおかげで、「挑戦者」としての意味合いが増したぞ。面白い挑戦になりそうだ。
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